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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)86号 判決

徳島市金沢2丁目4番60号

原告

坂東機工株式会社

同代表者代表取締役

坂東茂

同訴訟代理人弁理士

川口義雄

中村至

船山武

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

足立法也

井上元廣

吉野日出夫

主文

特許庁が昭和63年審判第16402号

事件について平成4年3月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ガラス板の数値制御切断機」とする発明(以下、「本願発明」という。)について、昭和56年2月10日、特許出願をした(昭和56年特許願第18821号)ところ、昭和63年7月4日、拒絶査定を受けたので、同年9月8日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和63年審判第16402号事件として審理した結果、平成元年8月7日、出願公告した(平成1年特許出願公告第37337号)が、特許異議の申立てがあり、平成4年3月5日、上記申立ては理由がある旨の決定とともに、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を、同月25日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「切断すべきガラス板を保持するための保持装置と、この保持装置に対して第1の方向及び当該第1の方向と直交する第2の方向に相対的に移動可能な作業ヘツド支持台と、前記保持装置に対する前記作業ヘツド支持台の相対的移動を行なわせるために当該作業ヘツド支持台と保持装置との間に設けられた駆動装置と、前記作業ヘツド支持台に装着された作業ヘツドと、前記ガラス板を切断すべく前記作業ヘツドに取付けられた切断ホイールと、この切断ホイールを前記第1の方向及び第2の方向を含む一の面に於いて回動させるべく前記作業ヘツドに装着された回動装置と、前記作業ヘツド支持台の相対的移動及び切断ホイールの回動夫々を数値制御すべく前記駆動装置及び回動装置に連結された数値制御装置と、前記切断ホイールに前記ガラス板に対する切断圧力を付与すべく前記作業ヘツドと切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置とからなるガラス板の数値制御切断機。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和54年特許出願公開第70315号公報(以下、「引用例1」といい、引用例1に記載の発明を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、「数値制御板ガラス裁断機」の発明につき、以下の各記載がある。

(ⅰ)「裁断台および該裁断台上を移動可能な裁断ブリツジを具備し、パンチテープに記録された裁断順序最適化プログラムに従つて裁断動作を行う数値制御板ガラス裁断機において:裁断ブリツジ(10)上にカツター(12)を該裁断ブリツジの全長に亘り移動可能に設け、垂直な旋回軸を中心に旋回可能なカツター・ヘツド(14)を該カツターとともに設け、該カツター・ヘツドをデイスクロータ・モータ(16)によつて駆動するようにしたことを特徴とする数値制御板ガラス裁断機。」(1頁左下欄5行~14行)

(ⅱ)「裁断ブリツジ10に適当な駆動モータ16を装備し、該モータ16はケーブル17を介してコンピュータ18と接続(する)」(2頁右下欄13行~16行)

(ⅲ)「裁断ブリツジ10上にカツター12を矢印13方向に往復動可能に取付ける。カツター12は同様に駆動モータ16を具備し、垂直旋回軸を中心に旋回可能なカツター・ヘツド14を含む。カツター・ヘツド14は下面にガラス裁断用の好ましくは小鋼輪を具備し矢印15方向に往復旋回可能であり、該カツター・ヘツド14の採用により互いに直交する縦横裁断線だけでなく、互いに任意の角度を挟むまつ直ぐな裁断線のほか、湾曲した裁断線を形成することも可能となる。」(2頁右下欄18行~3頁左上欄7行)

昭和52年特許出願公告第42811号公報(以下、「引用例2」といい、引用例2に記載の発明を「引用発明2」という。別紙図面3参照)には、「板材料に切目線をつける装置」の発明につき、以下の記載がある。

「この発明は、板材料、例えば板ガラスまたは連続する帯状ガラスに切目線をつける装置に関するものであり、切目線をつけた後に板材料は切目線に沿つて割られる。この発明によれば、板材料の面に切目線をつける装置は、カツター組立体と複動空気シリンダ・ピストンとを含み、ピストンが作動してカツター組立体を切目線をつける面の方へ押すように、カツター組立体がピストンに結合されている。」(1頁2欄9行~17行)

(3)  本願発明と引用発明1とを対比すると、引用発明1における「裁断台」、「裁断ブリツジ」、「パンチテープに記録された裁断順序最適化プログラムに従つて裁断動作」を行わせる手段、「カツター(12)」、「カツター・ヘツド(14)」、「デイスクロータ・モータ(16)」は、それぞれ本願発明の「保持装置」、「作業ヘッド支持台」、「数値制御装置」、「作業ヘツド」、「切断ホイール」、「駆動装置」及び「回動装置」に相当し、また、引用発明1における「デイスクロータ・モータ(16)」は、「パンチテープに記録された裁断順序最適化プログラムに従つて裁断動作」を行わせる手段すなわち「コンピュータ(18)」に接続されているものである。

したがって、両者は、「切断すべきガラス板を保持するための保持装置と、この保持装置に対して第1の方向及び当該第1の方向と直交する第2の方向に相対的に移動可能な作業ヘツド支持台と、前記保持装置に対する前記作業ヘツド支持台の相対的移動を行なわせるために当該作業ヘツド支持台と保持装置との間に設けられた駆動装置と、前記作業ヘツド支持台に装着された作業ヘツドと、前記ガラス板を切断すべく前記作業ヘツドに取付けられた切断ホイールと、この切断ホイールを前記第1の方向及び第2の方向を含む一の面において回動させるべく前記作業ヘツドに装着された回動装置と、前記作業ヘツド支持台の相対的移動及び切断ホイールの回動夫々を数値制御すべく前記駆動装置及び回動装置に連結された数値制御装置とからなるガラス板の数値制御切断機。」である点において共通する。

これに対し、本願発明では、「切断ホイールにガラス板に対する切断圧力を付与すべく作業ヘツドと切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置」を有しているのに対し、引用発明1にはこのような構成がない点で相違する。

(4)  相違点についてみると、ガラス切断時に、ガラス表面に少なくとも傷が付く程度の圧力を切断手段に加えてガラス表面に押圧する必要があることは、例えば手動でガラスを切断する際に市中のガラス業者が普通に行っているように、当業者には自明の事項であり、したがって、この点、引用発明1においても、ガラス切断時には「カツター・ヘツド」はガラス表面に押圧力が加えられるように制御されていることは当然のことである。

そして、引用発明2における「切目線をつける装置」すなわち「カツター組立体」と「複動空気シリンダ・ピストン」とは、その作動機構からして、本願発明における「切断ホイールにガラス板に対する切断圧力を付与すべく作業ヘツドと切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置」に相当していることは明らかである。

してみれば、引用発明1において、引用発明2の「切目線をつける装置」を本願発明のように適用する程度のことは当業者であれば、容易なことと認められるし、それによって得られる本願発明の効果も、前記自明の技術、引用例2記載の技術等から当然に予測し得るものであるにすぎない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明1、2から当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)の第1段(「本願発明と・・・ものである。」)のうち、引用発明1と本願発明との対応関係のうち、「裁断台」が「保持装置」に「カツター・ヘツド」が「切断ホイール」に、及び、「デイスクロータ・モータ(16)」が「駆動装置」にそれぞれ相当すること、並びに「デイスクロータ・モータ(16)」が審決摘示の手段を有するコンピュータ(18)に接続されていることは認めるが、その余は争う。同第2段(「したがって、・・・共通する。」)は争う。第3段(「これに対し、・・・相違する。」)は認める。同(4)のうち、審決摘示の自明事項については認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、引用発明1の技術内容の把握を誤った結果、本願発明と引用発明1の共通点を誤認して相違点を看過するとともに、相違点に対する判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  共通点の誤認(取消事由1)

審決は、引用発明1の「デイスクロータ・モータ(16)」は、本願発明の「駆動装置」及び「回動装置」に相当するとし、両発明は、「切断ホイールを前記第1の方向及び第2の方向を含む一の面において回動させるべく前記作業ヘツドに装着された回動装置」を具備する点において共通するとするが、引用発明1は、本願発明の「回動装置」を有するものではないから、審決の上記共通点の認定は誤っている(なお、引用発明1の「デイスクロータ・モータ(16)」が本願発明の「駆動装置」に相当することを争うものでないことは前記のとおりである。)。

まず、本願発明の回動装置の技術的意義について検討すると、本願発明の特許請求の範囲には「この切断ホイールを前記第1の方向及び第2の方向を含む一の面に於いて回動させるべく前記作業ヘツドに装着された回動装置」と記載されているように、作業ヘツドに装着された切断ホイールを回動させる装置である。そして、この回動装置は、前記特許請求の範囲において「回動装置に連結された数値制御装置」と記載されているように、数値制御装置に連結されて、切断ホイールの回動を数値制御するもの、すなわち切断ホイールを数値制御により強制的に方向倣いさせる装置(以下、この方式を「強制方向倣い方式」という。)である。

これに対し、引用発明1のカツター・ヘツド14は、ガラス裁断用の小鋼輪を具備し、垂直旋回軸を中心に旋回可能であるが、カツター・ヘツド14は、駆動モータ16によって旋回されるものではない。上記小鋼輪は、単に旋回可能であることにより、カツター12が裁断台上を移動するにつれて、その移動方向に応じて自由に方向倣いするもの(以下、この方式を「自由方向倣い方式」という。)にすぎず、本願発明の切断ホイールのように強制的に方向倣いできるものではなく、引用例1に強制的に方向倣いが可能であることを窺うに足りる記載を見いだすことはできない。

したがって、本願発明と引用発明1が、切断ホイールの回動を数値制御すべく回動装置が数値制御装置に連結されている点で共通するとした審決の判断は、誤りであり、審決はこの点において、共通点を誤認し、相違点を看過したものであることは明らかである。

なお、被告は、乙号各証を援用して、切断刃の方向維持のために強制方向倣い方式を数値制御により行うことは周知であり、自由方向倣い方式とするかそれとも強制方向倣い方式とするかは、適宜必要に応じて採用される程度の技術的事項であると主張するが、強制方向倣い方式の周知性を立証するために援用する乙号各証は、本願発明とは技術分野を大きく異にし、ガラスの切断技術の分野において、上記方式が周知であるとは到底いえないものである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

審決は、引用発明2の「切目線をつける装置」すなわち、「カツター組立体」と「複動空気シリンダ・ピストン」が本願発明の「切断ホイールにガラス板に対する切断圧力を付与すべく作業ヘツドと切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置」に相当するし、相違点に係る構成は容易に想到し得るとするが、誤りである。

すなわち、引用発明2には、本願発明の作業ヘツドに相当するものがないから、同発明の前記「カツター組立体」と「複動空気シリンダ・ピストン」が本願発明の「切断ホイールにガラス板に対する切断圧力を付与すべく作業ヘツドと切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置」に相当することはあり得ず、したがって、これを前提とする相違点についての審決の判断は誤っていることは明らかである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

本願発明の切断ホイールに相当する引用発明1のカツター・ヘツドに具備されたガラス裁断用小鋼輪の方向制御の方法について、引用例1に具体的な記載がないことは事実である。しかし、以下に述べるところから明らかなように、審決が引用発明1が本願発明の回動装置を具備し、この点において両発明は共通するとした認定に誤りはない。

すなわち、ガラスを円形ないし異形に切断する際の切断刃の方向維持に当たっては、〈1〉切断刃の方向が常に切断予定線の接線方向を向いていない限り、正確な切断は不可能であること、〈2〉実際の切断作業では、作業者が誰であれ、意識的にせよ無意識的にせよ、必ず、前記のような切断刃の方向維持がなされていること、の2点はいずれもガラス切断における自明の技術的事項である。そして、切断刃の方向維持の方法には、切断ホイールの回動を自由に方向倣いする方式とするか、あるいは、強制による方向倣いとするか、のいずれかしかなく、両者は二者択一の関係にあるところ、前者は、確実性には劣るが、簡便で安価な方式であるのに対し、後者は、確実に切断刃の方向を維持することが可能であるが、切断刃駆動機構及びモータ制御装置を必要とする点において複雑、かつ、費用を要する方式である。ところで、従来、ガラス切断の分野においては、前記の簡便性等の観点から自由方向倣い方式が採用されているが、小さい径の円形切断を高速で行う場合等、確実な方向維持の必要性が高くなる場合には、当然、本来行われるべき強制方向倣い方式の採用が考慮されるべきものあることは自明のことといわなければならない。そして、シート、ボード等を切断する場合には、数値制御による強制方向倣い方式の採用は周知の技術である。以上のような事情に照らすと、ガラスの円形ないし異形切断の場合における切断刃の方向維持の方法として、上記の2方式のいずれを採用するかは、当業者であれば必要に応じて適宜選択すべき単なる設計上の事項にすぎないから、引用例1にガラス切断刃の方向維持の具体的な方法が記載されていないとしても、この点は当業者が前記の2つの方法のいずれかを適宜選択すれば足りる程度の周知の技術的事項である。したがって、引用例1にこの点に関する具体的に言及がないからといって、以上のような本出願前の周知の技術水準からからみた場合、実質的には記載があるものといって差し支えがないものである。

そして、引用例1には、「裁断ブリツジ10に適当な駆動モータ16を装備し、該モータ16はケーブル17を介してコンピュータ18と接続しかつ前記ブリツジ10を矢印11方向に往復移動させることができる。裁断ブリツジ10上にカツター12を矢印13方向た往復動可能に取付ける。カツター12は同様に駆動モータ16を具備し、垂直旋回軸を中心に旋回可能なカツター・ヘツド14を含む。カツター・ヘツド14は下面にガラス裁断用の好ましくは小鋼輪を具備し矢印15方向に往復旋回可能であり、該カツター・ヘツド14の採用により互いに直交する縦横裁断線だけでなく、互いに任意の角度を挟むまつ直ぐな裁断線のほか、湾曲した裁断線を形成することも可能となる。」と記載され、その駆動モータとしては、デイスクロータ・モータを用いるというものである。この記載から明らかなように、引用発明1は、垂直旋回軸を中心に旋回可能なカツター・ヘツド14を備え、このカツター・ヘツド14は、駆動モータ16すなわち2つのデイスクロータ・モータにより矢印15方向に往復旋回可能で、湾曲した裁断線を形成することもできるというものであるから、このデイスクロータ・モータは回動装置でもある。そして、このデイスクロータ・モータはコンピュータ18すなわち「パンチテープに記憶された裁断順序最適化プログラムに従って裁断動作」を行わせる手段と接続されて数値制御されるものであるが、この「パンチテープに記憶された裁断順序最適化プログラムに従って裁断動作」を行わせる手段は、本願発明における「数値制御装置」に相当している。

したがって、引用発明1がコンピュータ制御された切断刃の回動装置を具備するとした審決の前記認定判断に誤りはない。

2  取消事由2について

引用発明2のガラスに切目線をつける装置における、切目線引車14を有するカツター組立体13及び複動空気シリンダ・ピストン4、5と本願発明における「切断ホイールにガラス板に対する切断圧力を付与すべく作業ヘツド14と切断ホイールとの間に設けられたシリンダ装置」とは完全に一致するものではないが、いずれも、ガラス切断用カツター輪にガラス板に対する切断圧力を加えるためのシリンダ・ピストンを含む基本的機構で共通するものである。したがって、引用発明1に同2の上記「切目線をつける装置」を適用することは当業者であれば、容易に可能というべきであるから、審決の相違点の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第4号証(本願発明の出願公告公報)によれば、本願発明の概要は以下のとおりであると認められる。すなわち、本願発明は、切断ホイールの移動を数値制御してガラス板を切断するガラス板の数値制御切断機に関する発明である(1欄22行ないし24行)。ガラス板の円形切断や異形切断をするためのこの種の従来の切断機のカツターヘツドに装着された切断ホイールとしてのカツターホイールは、カツターヘツドの移動方向に応じて自由に方向倣いする偏心取付け構造を採用している。この偏心取付け構造によるカツターホイールの自由方向倣い方式においては、当該カツターホイールの移動速度、すなわち、切断速度が速いと、当該カツターホイールに加わる遠心力及びカツターホイールの切断圧力等の作用により、所望の切断線からカツターホイールが外れてしまい、精確な切断が困難となるという欠点を有していた。また、上記のような従来方式のカツターホイールでは、非常に小さい径の円形部分に沿って行われる円形切断及び円弧切断において、カツターホイールの方向追従を円滑に行うことが困難であるという欠点があった(1欄25行ないし2欄14行)。本願発明は、上記のような欠点の解消を課題として、特許請求の範囲記載の構成を採択したものであり(3欄2行ないし21行)、これにより、ガラス板の円形切断、円弧切断及びその他の曲線の切断を高速で行う場合においても、カツターホイールが予定の切断線から外れることなく、精確にガラス板を切断することを可能ならしめるとともに、非常に小さい寸法の上記各曲線の切断も円滑かつ高速で行うことを可能としたものである(7欄16行ないし8欄13行)。

3  取消事由1について

本願発明と引用発明1が切断ホイールを回動する数値制御された回動装置を具備する点において共通するとした審決の判断につき、原告は、引用発明1は上記の構成を欠くものであるから、上記の共通点の認定は誤りであると主張するので、以下、引用発明1が上記の構成を具備するか否かについて検討する。

引用例1に、同発明1のガラス裁断用小鋼輪の回動の方式について具体的な記載がないことは被告の自認するところであり、被告は、この点について、ガラス板の切断装置における上記の回動方式において、切断ホイールの切断方向を本願発明のような強制方向倣い方式とするかそれとももう1つの自由方向倣い方式とするかは、いずれも本出願前における周知の技術的事項であるから、このような本出願前周知の技術的事項を踏まえて引用例1をみた当業者は、そこに方向倣い方式に関する具体的な記載がないとしても、上記各方式のいずれもが適宜必要に応じて採用可能な技術的事項であると認識することが可能である以上、引用例1に上記の各方向倣い方式に関する記載があることと何ら代わりはないと主張する。

成立に争いのない乙第1号証(昭和49年9月15日株式会社廣川書店発行、飯田武夫著「ガラス細工法」161頁ないし163頁)及び同第4号証(前掲書155頁ないし157頁)によれば、ダイヤモンド結晶(正八面体)の6個の稜のうちの1個の稜の先端を船底状に研磨して切断刃とした(乙第4号証156頁本文下から4行ないし末行)ガラスの切断に不可欠な利器であるダイヤモンド切断器(同号証155頁本文下から3、2行)には、板ガラスを切断する「板ガラス切り」やガラス管を切断する「ゲージ管切り」等がある(前同頁本文下から7行ないし5行)が、これらの切断器においては、いずれもダイヤモンドの刃を、ガラスに対して65゜の角度を保持することが必要であり(同号証156頁本文末行ないし157頁1行)、さらに、このうち、板ガラスを円盤状に切断するための「竿切り」及び「ダイヤモンドコンパス」においては、切断刃は切り取られる円周に対して接線方向に(乙第1号証161頁下から3行ないし162頁1行)、また、直線に切断する「板ガラス切断器」においては、切断刃はその直線方向に配置することによりガラス板を切断することが可能である(乙第4号証157頁8行)こと、また、硬い高速度鋼で直径5mm位の円盤状の刃車を切断刃とした「Steel Wheel glass Cutter」では、上記のように刃をガラスに対して一定の角度に保持することは不要であるが、切断刃の向きを前同様の方向に保つことによって曲線及び直線の切断が可能であること(乙第1号証163頁8行ないし22行)が認められ、これらの事実及び上記刊行物がガラス切断についての一般的な技術解説書であることに照らすと、ガラス板を曲線ないし直線に切断するに際して、切断刃の向きを切断予定線に対して上記のような所定の方向に維持することが技術的に必要であることは本出願前周知の技術的事項であったものと認めることができる。

しかしながら、上記の各種「板ガラス切断器」の切断刃は、いずれも切断刃それ自体を自由方向倣いないしは強制方向倣い方式によって前記各方向に応じて向きを変える構造のものでないことは前掲各乙号証記載の各ガラス切断器の図面から明らかであるから、これら乙号各証の記載をもって、「板ガラス切断器」において、その切断刃の向きの維持を自由方向倣い方式とするか、あるいは強制方向倣い方式とするかが適宜に採用し得る程度の技術的事項であったとする根拠となり得ないことはもとより当然のことである。

そこで、進んで切断刃の方向維持の方式について検討すると、成立に争いのない乙第2号証(昭和48年特許出願公開第82487号公報)には、名称を「シート材切断方法および装置」とする発明について、「テーブルの支持表面に対し直角をなすθ軸線82の周りに工具を回転させるジヤーナル軸受けした支持軸80によつて切断輪70およびテヤツク74を支持台62とともに並進運動させる。モータープーリ88と軸80の上端に取付けた軸プーリ90との間に連結した歯付ベルト86によつて回転駆動モータ84を軸80に連結する。回転指令をコンピユータ20によつて記憶テープ22から読取り、この指令を駆動モータ84に送つて切断輪の回動位置を制御し、これによりパターン片の外周上の各点において切断輪を切線方向に位置させてパターン片の外周に沿つて移動させるようにする。」(4頁右上5行ないし16行)との及び「硼素テープのような相対的に硬質の材料を切断するためには、ガラスを切断するために用いられるようなカーバイド切断輪を用いるのが望ましいことを確かめた。」(同頁左上欄11行ないし14行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、上記シート材切断装置における切断輪70はコンピユータ20によって制御された回転駆動モータ84によって切断線の接線方向に強制方向倣いさせる方式であり、また、シート材料の切断器を発明するに際して、ガラスの切断に関する技術を参酌している事実からすると、両技術分野は相互に参酌可能な関係に有るものと推認し得なくもないところである。しかしながら、上記発明の出願公開が昭和48年であることは前記認定のとおりであるところ、それから約8年も経過した本願発明の出願(これが昭和56年2月10日であることは当事者間に争いがない。)前において、ガラス板の円形ないし異形切断の技術分野においてはもっぱら自由方向倣い方式が採用されており、強制方向倣い方式が採用されていなかったことは前記2に認定したとおりである(なお、被告も、本出願前におけるガラス切断の分野においても、強制方向倣い方式は周知であると主張するが、この方式によるガラス板の円形ないし異形切断機の存在を立証する証拠を提出していない。)。してみると、本出願前におけるガラス切断の技術分野における前記の技術状況からすると、仮に、前記のシート材切断器の発明における強制方向倣い方式がシート材の切断技術の分野において周知の技術であり、この技術分野とガラス切断の技術分野に何らかの親近性があったとしても、この事実をもって、ガラス切断の技術分野においても、本出願前、強制方向倣い方式による切断刃の方向維持が周知の技術であったとまで認めることは困難であり、引用例1に強制方向倣い方式と自由方向倣い方式のいずれをも適宜採用できることが実質的に記載されているに等しいとはいえない。

また、成立に争いのない乙第3号証(昭和54年特許出願公開第127098号公報)には、名称を「軸移動データにもとづいて工具の向きを決定する方法および同方法を用いた工具回動制御装置」とする発明について、その特許請求の範囲に「(3)工具の向きが同工具により工作物に対し加工されるプロファイルの接線方向となるように加工中同工具の向きを回動制御せしめる装置において、前記工具の基準方向からの現在の向き、θABSOを記憶する第1の手段と、前記プロファイル上の部分経路に関して前記工作物に対する工具の相対軸移動のためのプログラムデータを逐次供給する第2の手段と、前記第2の手段から与えられたプログラムデータにもとづいて同データに対応する新たな部分経路の始点における前記基準方向からの前記工具の「向き」θABSを前記(イ)~(チ)の方法で算出実行する第3の手段と、同第3の手段で与えられるθABSと前記第1の手段の値θABSOとの間に差がある場合θABSOをθABSとなるよう工具を回動制御してθABSO=θABSとなつたことを確認する第4の手段と、前記第2の手段により与えられるデータにもとづく工具と工作物との相対軸移動を前記第4の手段による確認のあと開始せしめる第5の手段とを備えたことを特徴とする軸移動データにもとづいて工具の回動を制御する装置。」(2頁左上欄18行ないし右上欄19行)との、また、発明の詳細な説明の欄には、「本発明は工作物に対する工具の相対軸移動に関するデータが与えられた場合、前記工具の向きを、前記データにもとづく軸移動が実行される前に、移動の始点における移動方向と一致せしめるための「向き」の決定方法および同方法を用いて工具をその「向」きに回動制御する装置に関する。シート状の部材をあるプロファイルに沿って裁断するとか又糸鋸機の如く板材の切断加工中鋸歯を上下動させながらなお且つ糸鋸歯の「向」きは常に切削プロファイルの接線方向となるように制御される装置のように、一般に工作物に対する工具の相対軸移動の他に同工具の向きを加工中常にプロファイルの接線方向に向けることを要求される加工機械がある。」(2頁左下欄5行ない19行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、上記装置は、シート状部材ないし板材等の切断に際して、糸鋸歯の向きを常に切削プロファイルの接線方向となるようにコンピュータ制御するものであるといえるが、前掲乙第3号証には、「従つて本発明の対象としている広義の技術的課題(工具と工作物との相対軸移動データのみが与えられることによつて工具と工作物との相対的軸移動だけでなくその移動途中の工具の向きをも回動制御しようとすること)は全く新しい技術的課題ないしは思想であり、本願発明者の知る限りこのような課題を効果的に実現した例はない。」(3頁左欄9行ないし15行)との記載が認められ、この記載によれば、上記の発明は前記のような材料の切断装置の技術分野において、その出願時である昭和53年当時(このことは前掲乙第3号証から明らかである。)、新規な技術的思想であったものであり、この新規な技術的思想が、ガラス切断技術の分野にも適用可能であることを示唆する記載は前記乙第3号証にはなく、また、本件全証拠を検討しても、上記の技術的思想が、本出願前、ガラス切断の技術分野において周知の技術的思想となったことを認めるに足りる証拠もないから、乙第3号証の前記記載をもって、切断刃を強制方向倣い方式によって移動させることがガラス切断の技術分野において周知の技術であったものということは困難であり、引用例1に実質的に前記各方式に関する記載があるとすることはできない。

被告は、ガラス板の円形ないし異形切断を行うためには、切断刃を切断予定線に対し常に接線方向に維持する必要があることは周知の技術的事項であり、そして、切断刃の維持の方式としては自由方向倣い方式か強制方向倣い方式かの2通りしかないことも自明であるから、両者は共に周知であると主張するが、強制方向倣い方式には、切断刃の向きを強制せしめるための駆動装置及び制御装置等の自由方向倣い方式にみられない複雑な構成を必要とするのであるから、理論上、上記の2通りしかないとの一事から、直ちにガラス切断の技術分野において、本出願前に強制方向倣い方式が周知であったとまで断定することは困難であるといわざるを得ず、上記の主張は採用できない。

以上検討したところによれば、ガラス切断装置における切断ホイールの切断刃の方向維持を強制方向倣い方式とすることは本出願前周知の技術的事項であるとはいえないから、被告の前記主張は採用できないものといわざるを得ず、したがって、本願発明の切断ホイールのコンピュータ制御された強制方向倣い方式の構成を引用発明1も具備する点において両発明は共通するとした審決の判断は、引用発明1の技術的理解を誤った結果、ひいては共通点を誤認したものといわざるを得ないから、取消事由1は理由があり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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